大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7640号 判決 1971年8月28日

原告

宇都郁夫

ほか一名

被告

有限会社秋山製作所

主文

1  被告は、原告宇都郁夫に対し金二九万三六七五円、同宇都洋子に対し金六万二三〇〇円およびこれらに対する昭和四五年八月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

4  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

1  被告は原告宇都郁夫(以下単に原告郁夫という)に対し金六一万八八二八円、同宇都洋子(以下原告洋子という)に対し金二三万円およびこれらに対する昭和四五年八月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二、被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二、原告らの請求原因

一、事故の発生

原告らは次の交通事故により受傷した。

(1)  発生日時 昭和四三年一月一日午後三時三〇分頃

(2)  発生場所 東京都目黒区碑文谷二丁目二一番二〇号先路上

(3)  加害車 普通貨物自動車(横浜四ほ七五四号)

右運転者 訴外武村興雄

(4)  被害車 タクシー(多摩五き一八四八号)

右運転者 訴外海老沢健治

(5)  被害者 右被害車に乗客として乗車中の原告両名

(6)  事故態様 追突

二、責任原因

被告は加害車の所有者である。よつてその運行供用者として自賠法三条により本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  原告郁夫の損害

本件事故により、原告郁夫は頭部打撲、頸椎捻挫、顔面挫傷、口内挫傷、下門歯骨折の傷害を受け、昭和四三年一月五日から同月一八日まで入院したほか同年五月頃まで通院してその治療を受けた。

そしてその損害額は次のとおりである。

(1) 休業損害

同原告は事故当時社団法人東京アメリカンクラブに調理士として勤務し、事故前三ケ月に月平均金五万三一三八円の給与を受けていたが、本件事故による勤務不能のため昭和四三年一月七日解雇され、同年六月末まで六ケ月間稼働できなかつた。

よつて休業損害は右月収の六ケ月分金三一万八八二八円である。

(2) 慰藉料

前記受傷および治療の程度、前記勤務先を解雇されたことおよび現在なお首のまわりが痛むなどの事情を考慮し、慰藉料は金三〇万円が相当である。

(二)  原告洋子の損害

同原告は本件事故により頸椎捻挫、頭部打撲の傷害を受け、その治療のため昭和四三年一月五日から同月一六日まで入院したほか同年二月二一日まで通院した。

そしてその損害額は次のとおりである。

(1) 休業損害

同原告は事故当時フランク・ヘンリー・スコリノス方に調理人として勤務し、月四万円の給与を受けていたところ、本件事故のため昭和四三年二月末まで稼働することができなかつた。よつてその休業損害は金八万円である。

(2) 慰藉料

右受傷の程度に照らし金一五万円が相当である。

四、結論

よつて被告に対し、原告郁夫は右損害合計金六一万八八二八円、同郁子は右損害合計金二三万円およびこれらに対する損害発生の後である昭和四五年八月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁

請求原因第一、二項の各事実は認める。同第三項の事実は知らない。

第四、被告の抗弁

一、被告は次の理由により本件事故当時加害車に対する運行支配を失つていた。

運転者武村は被告にプレス工として雇用されている者で業務上業務外を問わず本件加害車を運転したことはなく、被告は同人に被告所有車の運転もその補助もさせたことがない。専任運転者以外の従業員による運転は絶無であつた。加害車の鍵は被告代表者が私室に保管し、その場所は代表者の家族と専任運転者以外に知らされていなかつた。事故当日は元旦で被告は完全に休業中である。同日武村は代表者以下従業員と共に祝い酒を飯んだ後、代表者の二男に鍵の保管場所をそれとなく尋ねてさぐり出し、無断でこれを持ち出して加害車を乗り出し、よつて本件事故を惹起したのである。

かように武村による加害車の乗り出しは、被告の業務と全く関係のない私用であるうえ、被告の全く予期しえぬ状況でなされたものであり、このような場合には被告は加害車に対する運行支配を失つたものというべきである。

よつて被告は運行供用者責任を負わない。

二、仮りに被告に責任があるとしても、原告らは自賠責保険により次のとおり支払いを受けている。

(一)  原告郁夫

診療費 金三五万一一二三円

休業補償費及び慰藉料 金一四万八八七七円

後遺症補償費 金三一万円

合計 金八一万円

(二)  原告洋子

診療費 金三万九七〇九円

通院費 金四四〇円

休業補償および慰藉料 金八万七七〇〇円

合計 金一二万七八四九円

第五、抗弁に対する原告らの答弁

一、抗弁第一項は争う。武村は被告代表者の息子の承諾の下に加害車を乗り出したのである。

二、同第二項の事実は認める。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生)は当事者間に争いがない。責任原因に関し、被告が加害車の所有者であることは当事者間に争いがないところ、被告は訴外武村の無断乗り出しによつて運行支配を失つた旨主張するので判断する。

〔証拠略〕によれば加害車は、プレス金属加工業を営む被告の製品運搬等専ら業務用に用いられ、専属運転者以外の者の運転は、被告代表者の許可をえなくてはならない立前となつていたこと、業務使用中以外の鍵の保管は代表者が自室の抽出に入れてしていたこと武村は被告にプレス工として雇用されていた者で、運転免許はもつていたが仕事上加害車の運転やその補助に関与する立場にはなかつたこと。当日武村は代表者はじめ被告の他の従業員と共にビールを飲んだうえ、代表者の次男で被告の従業員でもある秋山永男に尋ねて鍵の保管場所を知り、代表者に無断で鍵を持ち出し、付近を一廻りして帰つてくるつもりで被告方前空地に置いてあつた加害車を乗り出したこと、代表者の自室と武村に寮として与えられていた部屋とは、間に食堂をはさんで同じ建物の二階にあり、その間の往来は自由にできるような状況にあつたため、武村は比較的容易に鍵を持ち出すことができたことがいずれも認められる。被告代表者は、武村が業務上業務外を問わず一度も加害車に乗つたことはない旨供述するが、前出甲第二〇、第二一号証中武村が「加害車に、二、三回乗つたことがある」、「車を月に一回位運転している」、「目黒通りを二、三回走つたことがある」などの記載部分に照らし採用し難い。

右のように、被告の従業員が、暫く乗り廻わしてから帰つてくるつもりで、比較的容易に鍵を持ち出して自動車を乗り出したような場合には、たとえそれが被告に無断であり、その従業員が平素立前上その自動車に関与すべき立場になかつたとしても、なお被告はその自動車に対する運行支配を失つたとはいえないと解すべきである。

よつて被告のこの点の抗弁は理由がないから、被告は加害車の運行供用者として、本件事故に基づく原告らの損害を賠償する責任がある。

二、そこで進んで原告らの損害につき判断する。

(一)  原告郁夫

いずれも〔証拠略〕によると、同原告は本件事故によりその主張の傷害を受け、事故当日から同年四月末まで本田病院、厚生中央病院および鈴木歯科診療所で治療を受け、その間入院一四日、通院四二回を要して治癒したが、八歯に対し歯科補綴を行い自賠責施行令別表後遺障害等級表一二級三号該当の後遺障害を残したことが認められる。そしてその損害額は次のとおり算定される。

(1)  休業損害

〔証拠略〕によると、同原告は本件事故当時社団法人東京アメリカンクラブに調理士として勤務し、事故前三ケ月間に月平均五万三一三八円の給与を得ていたこと、本件事故のため出勤ができなくなりこのことも縁由の一つとなつて昭和四三年一月中にこれを退職したこと、少なくとも同年六月末までは職に就かなかつたことがいずれも認められる。〔証拠略〕も右認定を左右するに足りない。

そして前認定の同原告の受傷の程度および治療の状況に照らし、本件事故と相当因果関係を肯認しうべき休業期間は、同年四月末日までの四月間と認めるべきである。よつてその休業損害は右平均月収の四ケ月分金二一万二五五二円となる。

(2)  慰藉料

以上認定の同原告の受傷、治療、後遺症の程度、本件事故が前記退職の一縁由ともなつたことその他諸般の事情に鑑み金五四万円が相当である。

なお右は原告主張の慰藉料額を超えるが、もともと慰藉料の額については狭義の弁論主義の拘束を受けないと解すべきであるし、また原告の主張額はその趣旨から後遺症を算定の基礎に含まない数額と明らかに認められるので、右のとおり認容しても不意打ちの問題も生じない。

(二)  原告洋子

いずれも〔証拠略〕によると、原告洋子は本件事故によりその主張の傷害を受け、事故当日から同年二月二一日まで本田病院および厚生中央病院で治療を受け、その間入院一二日、通院五回を要して治癒したことが認められる。そしてその損害額は次のとおり算定される。

(1)  休業損害

〔証拠略〕によると、原告洋子は事故当時フランク、ヘンリースコリノス方に調理人として勤務し、月給四万円を得ていたが、本件事故による受傷のためと同原告は当時妊娠中であつたこともあつてこれを辞めたことが認められる。

以上認定の事実によると、同原告の本件事故と相当因果関係を肯認しうべき休業期間は二月末日までの二ケ月間程度と認めるべく、よつてその休業損害は金八万円と算定される。

(2)  慰藉料

以上認定の事情その他諸般の事情に照らし金七万円が相当である。

(三)  弁済

原告らが自賠責保険より被告主張のとおり支払いを受けたことは当事者間に争いがない。そしてこのうち原告郁夫について休業補償及び慰藉料分金一四万八八七七円と後遺症補償費分金三一万円、合計四五万八八七七円、原告洋子について休業補償償および慰藉料分金八万七七〇〇円は、いずれも以上認定の損害に充てられるべきものである。

よつてこれを控除すると、原告郁夫の残損害は金二九万三六七五円、同洋子の残損害は金六万二三〇〇円となる。

三、以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告郁夫において金二九万三六七五円、同洋子につき六万二三〇〇円およびこれらに対する損害発生後であること明らかな昭和四五年八月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

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